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情動性の涙のはたらき
「泣く」こと,すなわち涙を流す行動がストレス緩和に繋がることは,号泣した後に何となく気分が晴れやかになることからも想像できる。「涙活(るいかつ)」とは,寺井広樹氏によって提唱された造語で,意識的に涙を流すことで心身を整え,ストレス解消を図ることにより,人の心の健康をサポートするためのアプローチになると考えられている1)。今回は,この涙について科学的視点で眺めてみたい。
涙は上まぶたの上外側にある涙腺で作られ,眼表面に流れる。この涙腺の主な神経支配は副交感神経である。節前ニューロンは上唾液核に起始し,顔面神経を通り,翼口蓋神経節で節後ニューロンにシナプス連絡したのち涙腺に分布する。分布は少ないが,頸部交感神経に由来する交感神経や三叉神経求心性線維の支配も知られている2)。涙の分泌調節には3 つの機序が知られている3)。1 つ目は持続的に分泌される基礎分泌の涙で,この障害はドライアイの一因となる。2 つ目は防御反射としての涙で,目にゴミが入ったり,タマネギを切ったりして刺激を受けると角膜や結膜が刺激され三叉神経が興奮し,反射性に副交感神経の活動が高まることで涙が分泌される。3 つ目は人間に特有な情動性の涙である。感情を司る上位の脳領域からの指令が上唾液核を賦活させて涙を分泌すると考えられている。この情動性の涙が分泌される際には内側前頭前野の共感点が起点となっていることが示唆されている4)。
情動性の涙とストレス緩和の関係について,実験的に迫った興味深い報告がある。この報告は,主観的な評価だけでなく,客観的指標である心拍変動解析,唾液アミラーゼ活性を用いて,情動性の涙を流すことによるストレス緩和効果や気分状態改善効果について検証することを目的としている5)。その実験概要と結果を踏まえた考察について簡単に紹介したい。当該実験では,健常な女子看護学生14 人(21~23 歳)を対象者としている。その除外基準としては,治療や定期投薬を受けている者,眼疾患を有する者,玉ねぎ等にアレルギーのある者としている。5 分間の安静後に,15 分間の暗算ストレスを負荷し,さらに,実験群ごとに異なる介入を20 分間行った。POMS(感情プロフィール検査) 質問紙による気分プロフィール調査と唾液アミラーゼ活性の測定は,ストレス前後と介入後に行った。心拍変動と心拍数の測定は,ストレス前後,介入中及び介入後に行った。介入の実験条件は,対照群(安静状態の保持),反応性の涙誘発群(玉ねぎみじん切り作業),情動性の涙誘発群(動画視聴)に分けられた。
得られた結果から,動画を視聴して情動性の涙を流すことでストレス緩和が促進されることが実証された。動画視聴群のLF/HF 比(心拍変動の低周波成分と高周波成分の比)においては,介入開始時より速やかに低下し,介入開始後早期のLF/HF 比が対照群に比べて有意に低値であった。対照群においてもLF/HF 比は緩徐に低下し,ストレス負荷20 分後(介入実験終了時)では動画視聴群との差が認められなかったものの早い時期から速やかにLF/HF 比が低下したことが,動画視聴群の特徴であった。POMS の結果では,動画を視聴して情動性の涙を流すことによって疲労した気分状態からの回復が有意に促進されることも実証された。動画視聴群では,介入後速やかに緊張状態から解放され,リラックス状態に導くことができているため,疲労の蓄積が抑えられるとともに,疲労回復しやすい状態になったと推察される。また,玉ねぎみじん切り作業でも介入後に対象者は涙を流し,その流涙程度は主観的及び客観的尺度でも動画視聴と大差なかったが,玉ねぎみじん切り作業ではLF/HF 比の低下やPOMS の疲労因子の低下はみられなかった。このことから,玉ねぎの刺激による反応性の涙と動画の視聴による情動性の涙とでは,同程度の流涙でも,その効果は異なることが明らかになった。
この報告は,情動性の涙がストレス緩和効果を発揮するための引き金になり得ることを示唆している。ストレス緩和効果の発現には,感情を司る大脳辺縁系の関与が疑われるが,今後の研究の進展が楽しみである。
涙は上まぶたの上外側にある涙腺で作られ,眼表面に流れる。この涙腺の主な神経支配は副交感神経である。節前ニューロンは上唾液核に起始し,顔面神経を通り,翼口蓋神経節で節後ニューロンにシナプス連絡したのち涙腺に分布する。分布は少ないが,頸部交感神経に由来する交感神経や三叉神経求心性線維の支配も知られている2)。涙の分泌調節には3 つの機序が知られている3)。1 つ目は持続的に分泌される基礎分泌の涙で,この障害はドライアイの一因となる。2 つ目は防御反射としての涙で,目にゴミが入ったり,タマネギを切ったりして刺激を受けると角膜や結膜が刺激され三叉神経が興奮し,反射性に副交感神経の活動が高まることで涙が分泌される。3 つ目は人間に特有な情動性の涙である。感情を司る上位の脳領域からの指令が上唾液核を賦活させて涙を分泌すると考えられている。この情動性の涙が分泌される際には内側前頭前野の共感点が起点となっていることが示唆されている4)。
情動性の涙とストレス緩和の関係について,実験的に迫った興味深い報告がある。この報告は,主観的な評価だけでなく,客観的指標である心拍変動解析,唾液アミラーゼ活性を用いて,情動性の涙を流すことによるストレス緩和効果や気分状態改善効果について検証することを目的としている5)。その実験概要と結果を踏まえた考察について簡単に紹介したい。当該実験では,健常な女子看護学生14 人(21~23 歳)を対象者としている。その除外基準としては,治療や定期投薬を受けている者,眼疾患を有する者,玉ねぎ等にアレルギーのある者としている。5 分間の安静後に,15 分間の暗算ストレスを負荷し,さらに,実験群ごとに異なる介入を20 分間行った。POMS(感情プロフィール検査) 質問紙による気分プロフィール調査と唾液アミラーゼ活性の測定は,ストレス前後と介入後に行った。心拍変動と心拍数の測定は,ストレス前後,介入中及び介入後に行った。介入の実験条件は,対照群(安静状態の保持),反応性の涙誘発群(玉ねぎみじん切り作業),情動性の涙誘発群(動画視聴)に分けられた。
得られた結果から,動画を視聴して情動性の涙を流すことでストレス緩和が促進されることが実証された。動画視聴群のLF/HF 比(心拍変動の低周波成分と高周波成分の比)においては,介入開始時より速やかに低下し,介入開始後早期のLF/HF 比が対照群に比べて有意に低値であった。対照群においてもLF/HF 比は緩徐に低下し,ストレス負荷20 分後(介入実験終了時)では動画視聴群との差が認められなかったものの早い時期から速やかにLF/HF 比が低下したことが,動画視聴群の特徴であった。POMS の結果では,動画を視聴して情動性の涙を流すことによって疲労した気分状態からの回復が有意に促進されることも実証された。動画視聴群では,介入後速やかに緊張状態から解放され,リラックス状態に導くことができているため,疲労の蓄積が抑えられるとともに,疲労回復しやすい状態になったと推察される。また,玉ねぎみじん切り作業でも介入後に対象者は涙を流し,その流涙程度は主観的及び客観的尺度でも動画視聴と大差なかったが,玉ねぎみじん切り作業ではLF/HF 比の低下やPOMS の疲労因子の低下はみられなかった。このことから,玉ねぎの刺激による反応性の涙と動画の視聴による情動性の涙とでは,同程度の流涙でも,その効果は異なることが明らかになった。
この報告は,情動性の涙がストレス緩和効果を発揮するための引き金になり得ることを示唆している。ストレス緩和効果の発現には,感情を司る大脳辺縁系の関与が疑われるが,今後の研究の進展が楽しみである。
【参考資料】
1)“ストレスから解放 自ら泣いて心を癒やす「涙活」とは”. 日本経済新聞社(2013年2月20日). https://reskill.nikkei.com/article/DGXNASFK1900T_Z10C13A2000000/
2)上田 晃,内田さえ,鍵谷方子ら,感覚器系.人体の構造と機能 第6版, 医歯薬出版:東京, p. 68-94, 2023.
3)内田さえ,視覚・嗅覚器の自律神経制御.自律神経 61, 57-62, 2024.
4)有田秀穂,涙とストレス緩和.日本薬理学雑誌 129, 99-103, 2007.
5)高路 奈保,中野友佳理,満居 愛実,上利 尚子,有安絵理名,吉村 耕一,情動性の涙のストレス緩和作用に関する研究.ストレス科学研究 30, 138-144, 2015.