IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
31
ホウレンソウと不安

北陸大学薬学部 医療薬学講座代替医療薬学分野 教授 光本 泰秀

 ホウレンソウと言えば私などはアメリカ漫画のキャラクター,ポパイを思い浮かべる。恋人のオリーブを巡る天敵ブルートとの争いの際に,パワーの源としてポパイに欠かせないのがホウレンソウである。そのホウレンソウに含まれるタンパク質由来のペプチド成分に強力な中枢作用を有することがわかってきた。食品に由来するということで,安全に利用できることから今後この成分の機能性に期待がかかる。このペプチド成分とその効果の一端について紹介したい。今年,6月26日付の日経産業新聞で「ホウレンソウなどの緑葉色野菜やお茶に多く含まれる酵素「ルビスコ」から,不安を和らげる働きがあるペプチドを見つけた。」との記事を目にした。このルビスコ由来のペプチドが持つ生理活性に着目し,精力的に研究を進めてきたのが京都大学・院農の大日向耕作准教授らのグループである。いわゆる食品タンパク質由来ペプチドの機能性を疾病予防や健康の維持・増進に応用しようという狙いがある。

 ルビスコとは,二酸化炭素を固定する酵素(リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)のことで,地球上で一番多く存在する酵素であるとも言われている。おそらくルビスコの二酸化炭素固定速度がタンパク質あたりで見ると極めて遅く,この反応の遅さを補うために量が必要になったと考えられているようだ。ルビスコは,植物タンパクとしては例外的に栄養学的に理想的なアミノ酸組成を有することから,この酵素消化物において疾病の予防などに寄与できる生理活性ペプチドの探索を行ってきたのが京都大学の研究グループである。ホウレンソウ,ルビスコのペプシン消化物の中からオピオイドペプチドの一種Rubiscolin-6が見出された。Rubiscolin-6は,アミノ酸6個(Tyr-Pro-Leu-Asp-Leu-Phe)から成るδ受容体選択的アゴニストである1)。このペプチドに動物実験で不安を軽減する効果が認められた2)。効果の確認には,行動薬理学試験で抗不安効果の評価に汎用されている高架式十字迷路が用いられた。マウスを用いた実験では,Rubiscolin-6,10 mg/kgの腹腔内投与で抗不安効果が認められ,更に経口投与においても100 mg/kgの用量で同様の効果が認められた。抗不安効果が認められた用量において,マウスの運動量には影響を与えないことから,Rubiscolin-6の抗不安効果が明らかに情動行動を反映したものであると考察できる。また薬理学的実験から,上記の効果発現にはδオピオイド受容体の他にドパミンD1受容体やσ1受容体が関わっていることが,それらのアンタゴニストを併用した結果から示唆された。抗不安効果以外に,Rubiscolin-6には,摂食促進効果や学習促進効果が確認されており3),末梢から投与されたこのペプチドが,明らかに脳内における神経伝達の調節に働いていると考えられた。食品タンパク質由来ペプチドの機能を明らかにすることは,機能性食品としての応用や新たな医薬品創製の手がかりを得る上で重要と思われる。今後の応用を見据え,この領域の基礎研究分野での更なる発展を願いたい。

【引用文献】

1) Yang S, Yunden J, Sonoda S, Doyama N, Lipkowski AW, Kawamura Y, Yoshikawa M. Rubiscolin, a delta selective opioid peptide derived from plant Rubisco. FEBS Lett. 2001; 509: 213-7.
2) Hirata H, Sonoda S, Agui S, Yoshida M, Ohinata K, Yoshikawa M. Rubiscolin-6, a delta opioid peptide derived from spinach Rubisco, has anxiolytic effect via activating sigma1 and dopamine D1 receptors. Peptides. 2007; 28: 1998-2003.
3) Kaneko K, Lazarus M, Miyamoto C, Oishi Y, Nagata N, Yang S, Yoshikawa M, Aritake K, Furuyashiki T, Narumiya S, Urade Y, Ohinata K. Orally administered rubiscolin-6, a δ opioid peptide derived from Rubisco, stimulates food intake via leptomeningeal lipocallin-type prostaglandin D synthase in mice. Mol Nutr Food Res. 2012; 56: 1315-23.