IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
森林の癒し効果とは?

 森林浴の癒し効果を心身の健康づくりに応用した療法が「森林セラピー」である。森林セラピー®総合サイトでは,このセラピーを「医学的な証拠に裏付けされた森林浴効果のことで,森を楽しみながらこころと身体の健康維持・増進,病気の予防を行うことを目指すもの」と説明している1)。自然の恵みが私たちの生活に対して様々な恩恵をもたらしていることを考えると,森林浴はまさに心身の健康に直接影響を及ぼす自然の恵みと言えるかもしれない。ただ自然と言うことであれば森林とは限らない。森林そのものの影響がどれだけ関わっているのか,その特異性が気になるところである。これまでの森林浴効果の研究から、その作用は多岐にわたることが知られている。自律神経系の指標となる血圧や心拍数,精神心理的ストレス負荷による内分泌系ホルモンなどの変化から森林浴によるリラックス効果が明らかになっている。その他,免疫機能に対する賦活作用も知られている。独立行政法人森林総合研究所(平成29年4月より国立研究開発法人森林研究・整備機構と改称)から平成23年12月31日に「異なる自然環境におけるセラピー効果の比較と身近な森林のセラピー効果に関する研究」と題した研究成果が報告されている2)。この中に森林浴効果の特異性に関する疑問に答える実験結果が示されていたので,その一部を紹介したい。

 当該実験では,森林と海岸,農地などの異なる自然環境における生理・心理効果を比較するため,夏季にそれら3カ所の異なる自然環境において歩行および座観実験が実施された。ブナ林(森林)や河岸段丘上にある畑地(農地),柏崎海岸付近の海浜部(海岸)において,17名の20代男子学生を被験者とし,生理指標としては,血圧および脈拍、唾液中アミラーゼやコルチゾール濃度,心拍変動性(HRV,Heart Rate Variability)を用い,心理指標として気分プロフィール検査(POMS,Profile of Mood States),Semantic Differential Method(SD(意味差判別)法),状態-特性不安検査(STAI,State-Trait Anxiety Inventory)等が用いられた。被験者を3群に分け,3日間異なる場所を体験させることで全体として順番効果を相殺している。生理効果を検討した結果,森林では,実験前中後で血圧/脈拍ともに大きな変化はなく,唾液中コルチゾール濃度が低下していた。また,歩行時のHRVのHFが海岸よりも有意に高かった。これは,森林環境下では海岸に比べ副交感神経が有意に働いていることを意味している。また,前値-後値の比較結果や他の環境との相対的な比較などからも,森林環境には,生理的なセラピー効果が高いことが明らかにされた。その一方で,海岸部では血圧や脈拍が高まり,唾液中コルチゾール濃度が上昇し,HRVのLF/HF(交感神経活動の指標)も森林,農地より相対的に高かった。農地については,生理指標の測定値は,概ね森林と海岸の中間付近に位置していた。しかし,歩行後には血圧/脈拍が上昇し,座観後には低下するという傾向から,そこで行われる行動の種類によって,生理的効果(活力を得るかリラックスできるか)が異なる可能性が考えられた。これらを総合的に考察すると,森林が全生理指標を通して最もリラックス効果が高く,農地,海岸がそれに続く傾向にあると考えられる。

 上記の実験結果やそこから導かれた考察から,森林には他の自然環境には無い独自の効果があることが窺える。森林浴効果については,その環境が有する物理的・科学的特性が効果発現に関わっている可能性が考えられるが,物理的な環境因子が上記三種の自然環境の中では森林が最も快適として同報告内でも評価されている。なお,これらの科学的エビデンスに基づいて,様々な森林セラピープログラムを健康増進やリラックスを目的に用意されている森林セラピー基地が,全国62ヶ所に設けられている。森林という自然環境が有する健康増進,ストレス緩和効果に関わる詳細なメカニズムについて,今後明らかにされることを期待したい。

【参考文献】

1.森林セラピー®総合サイト
http://www.fo-society.jp/

2.異なる自然環境におけるセラピー効果の比較と身近な森林のセラピー効果に関する研究.森林総合研究所交付金プロジェクト研究成果集46,平成23年12月31日発行,独立行政法人森林総合研究所.


2017/07/27