食品表示法に基づく食品表示基準が平成27 年3月20 日に公布され、同年4月1日から新たに「機能性表示食品」が規定された。制度開始後,間もなく1年が過ぎようとしているが消費者庁HPによると,平成28年3月9日の時点で届出が受理されたのは,一部取り下げられたものを含め241件となっている。これまでの特定保健用食品(トクホ)で認められてきた表示内容は,「おなかの調子を整える」,「糖の吸収をおだやかにする」,「血圧が高めの方に適した食品」,「コレステロールが気になる方の食生活の改善に役立つ」などの生活習慣病対策に関するものや,「骨」や「歯」に関連するものが中心であった。「機能性表示食品」でもやはり生活習慣病の予防を意図したものが目立つが,トクホにはなかった機能性もうたわれている。その中には,既に聞きなれた成分名も多く出てくる。例えば,機能性関与成分としてテアニン(L-テアニン)を含む商品が8品目ある。表示しようとしている機能性としては,「作業などに由来する緊張感を軽減する機能があることが報告されています」,「夜間の健やかな眠りをサポートすることが報告されています」,「一過性の作業にともなうストレスをやわらげることが報告されています」などとなっている。
テアニンは,茶の旨味成分である遊離アミノ酸の中で最も多く含まれ,全遊離アミノ酸の4割以上を占める。テアニンは茶の根で合成され,それが葉に運ばれて溜まる。日光を受けるとテアニンは,渋味成分であるカテキンへ変化するが,茶樹に被覆をする玉露や抹茶では,カテキンへの変化が抑制され,旨味が多く渋味の少ない良質なものとなる。また,気温が低いとカテキンへの変化が抑制される。被覆をすることで,日光を遮るうえに,温度を下げる効果もありテアニンが多くなる1)。テアニンの効能,効果やそれを裏付ける作用点については,既にいくつかの報告が成されている。動物実験(マウス)では,対面飼育による社会心理的ストレスを負荷した時に認められる生存期間の短縮,副腎肥大及びうつ様症状に対して,テアニンはそれらを抑制することが報告されている2,3)。ヒトにおいては,心拍数や唾液中分泌型IgA量を指標にテアニンがストレス軽減効果を有していることが示唆されている4,5),またヒト脳波においては,テアニン200 mgの摂取によって後頭部,頭頂部にα波の出現が認められ,明らかなリラクセーション効果も確認されている6)。テアニンは,グルタミン酸の誘導体であることから、その効果発現には脳内におけるシナプス後部位のグルタミン酸受容体(AMPA受容体,NMDA受容体)に対する作用が関与している可能性が考えられるが,それらの受容体に対する親和性は低い7)。その他基礎研究において,脳内のセロトニン,ドパミン及びGABA量を増加させること,また神経保護効果や,記憶学習障害に対して改善効果を有する可能性が報告されている8)。
消費者庁は,食品関連事業者向けに機能性表示食品について次のような説明をしている。「トクホとは異なり,国が安全性と機能性の審査を行いませんので,事業者は自らの責任において,科学的根拠を基に適正な表示を行う必要があります。機能性については,臨床試験又は研究レビュー(システマティックレビュー)によって科学的根拠を説明します。」機能性表示食品は医薬品ではないが,その効力に関わらずヒトの生理機能に直接影響を及ぼすということでは同じである。食品関連事業者にとっては,重大な責任を負うことになるが,人々の健康維持や病気の予防に貢献できる商品が生み出され,それらの科学的情報が正しく,分かりやすい表現で提供されることを願っている。
1) 「茶の機能性:テアニンについて」京都府立茶業研究所(宇治茶部)
2) Unno K, Iguchi K, Tanida N, Fujitani K, Takamori N, Yamamoto H, Ishii N, Nagano H, Nagashima T, Hara A, Shimoi K, Hoshino M, Ingestion of theanine, an amino acid in tea, suppresses psychosocial stress in mice. Experimental Physiology, 98: 290-303 (2013)
3) Unno K, Prevention of senescence and stress by food composition. YAKUGAKU ZASSHI, 135: 41-46 (2015)
4) Kimura K, Ozeki M, Juneja LR, Ohira H, L-Theanine reduces psychological and physiological stress responses. Biological Psychology, 74: 39-45 (2007)
5) Unno K, Tanida N, Ishii N, Yamamoto H, Iguchi K, Hoshino M, Takeda A, Ozawa H, Ohkubo T, Juneja LR, Yamada H, Anti-stress effect of theanine on students during pharmacy practice: Positive correlation among salivary α-amylase activity, trait anxiety and subjective stress. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 111: 128-135 (2013)
6) 小林加奈理,長戸有希子,青井暢之,L.R.ジュネジャ,金武祚,山本武彦,杉本助男, L-テアニンのヒト脳波に及ぼす影響.Nippon Nogeikagaku Kaishi,72:153‐157(1998)
7) Kakuda T, Nozawa A, Sugimoto A, Niino H, Inhibition by theanine of binding of [3H]AMPA, [3H]kainate, and [3H]MDL 105,519 to glutamate receptors. Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 66: 2683-2686 (2002)
8) Nathan PJ1, Lu K, Gray M, Oliver C, The neuropharmacology of L-theanine(N-ethyl-L-glutamine): a possible neuroprotective and cognitive enhancing agent. J Herbal Pharmacotherapy, 6: 21-30 (2006)
2016/03/16