「笑い」が健康に良いという話しをしばしば耳にする。笑うことで免疫力がアップすることは,以前から知られている。笑うと自然に腹式呼吸となり,内臓に刺激を与え,血行促進につながる。また,笑いはストレスを軽減し,うつ症状の緩和などに役立つと考えられている。このような笑いの効果を病気の予防や治療に役立たせようとするのが「笑い療法」である。科学的な裏付けが進みつつある笑いの効能について,その背景に迫ってみた。
笑いの効果のルーツを探ると必ず登場してくるのが,ノーマン・カズンズという人物である。カズンズ氏は,日本と縁の深い人物でもある。広島と長崎に原爆が投下された後に,彼はケロイドになった女性25人をアメリカに連れて帰りニューヨークのマウント・サイナイ病院で治療を受けさせた。この功績により,カズンズ氏に広島市特別名誉市民の称号が贈られ,同市の平和記念公園内には彼の記念碑がたてられている。ジャーナリストであったカズンズ氏は,1964年,膠原病の一つである強直性脊椎炎と診断された。この病気が難病であり,完全に治療できる見込みが無いことを理解していた。その時彼は,ストレス科学の分野で有名なカナダの生理学者ハンス・セリエ博士が著書の中で,「マイナスの感情を抱くことは心身ともに悪影響を及ぼす」と述べていることを思い出し,その逆にプラスの感情は身体に良い影響がもたらされるのではないかと考えた。そこで,ビタミンCの大量投与と併せて,積極的に自分の気持ちを明るくする方策として,笑いを取り入れた。連日,ユーモア全集を読み,喜劇映画やコメディ番組のビデオなどを見て,10分間大笑いすると,あれほど苦しかった痛みがやわらぎ,2時間ぐっすり眠ることができるようになった。さらに驚いたことに,その前後で検査値も顕著に改善されていた。数か月経ったときには、元の編集長としての仕事に戻ることができたということである。笑いが難病の自己免疫疾患に対して治療効果を発揮したという驚くべき事実である。
国内では,これまで笑いの効果を科学的に実証した例として,伊丹仁朗医師や村上和夫博士の報告がしばしば取り上げられる。1991年,岡山県の医師伊丹仁朗氏らは,大阪ミナミの「なんばグランド花月」で,ガンや心臓病の人を含む19人に,漫才や新喜劇を見て大いに笑う体験をしてもらった後,免疫機能がどのように変化するのかを調べた。実験は,3時間大笑いしてもらい,その前後に採血してNK細胞の活性を測定した。健常人では,1日に数千個のガン細胞が発生しているが,生まれつき持っている約50億個のNK細胞がこれを破壊しているおかげで,ガンにおかされずにすんでいる。実験の結果,笑う前にNK活性の数値が低かった人は,すべて正常範囲まで増加し,高かった人の多くも正常近くの数値に低下するという結果が得られた。笑いは,ガンに対する抵抗力を高め,免疫機能を正常化させるということ,さらに,笑いの効果には、即効性があるということが示されたわけだ。筑波大学の村上和雄名誉教授は,血糖値はストレスによって上昇することから,「良いストレス=笑い」が加われば血糖値が低下するのではないかと考え,2型糖尿病の患者を対象に2日間にわたって実験を行った。初日は、昼食直後に40分間単調な講義を受けてもらい,翌日の昼食直後には40分間,漫才コンビB&Bのテンポのよい漫才を鑑賞してたっぷり笑ってもらった。それぞれ,食前と講義もしくは漫才鑑賞後に採血して血糖値を測定した。結果は,予想どおり,漫才鑑賞後では,ほとんどの人の血糖値の上昇が大幅に抑えられた。初日の講義の後の血糖値は平均で6.8 mmol/L(血液100 mL中122.4 mg)上昇したのに対し、漫才鑑賞後は4.3 mmol/L(血液100 mL中77.4 mg)しか上昇しなかった。まさに,笑いに血糖上昇抑制作用があることが示された結果だ。
笑いの効能について,多様な効果が実証されつつあるが,やはり気になるのは作用メカニズムである。笑いのNK細胞活性化には脳の前頭葉からの指令を受けて産生されるβエンドルフィンが関与していると考えられているが,詳細については今後明らかにされてくると思われる。薬剤師でなくても興味深いところである。
・伊丹仁朗,昇幹夫,手嶋秀毅: 笑いと免疫能.心身医学,34:566-571, 1994..
・ノーマン・カズンズ(松田銑訳):「笑いと治癒力」(岩波書店)2001年.
・Hayashi K,Hayashi T,Iwanaga S, Kawai K, Ishii H, Shoji S, Murakami K: Laughter lowered the increase in postprandial blood glucose. Diabetes Care, 26:1651-1652, 2003.
・三宅優, 横山美: 健康における笑いの効果の文献学的考察. Bull Fac Health Sci, Okayama Univ Med Sch, 17:1-8, 2007.
2014/11/28