IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
代替医療としての天然物成分

神経栄養因子をヒントに

 神経栄養因子は,神経系の発生や生後の神経機能やその生存維持に重要な役割を担っている。各種の神経栄養因子の中で最初に見出された神経成長因子(Nerve Growth Factor, NGF)は,1950年代に雄性マウスの唾液腺抽出物から分離精製されたペプチドで,発見者のRita Levi-Montalcini博士は,上皮成長因子(Epidermal Growth Factor, EGF)の発見者であるStanley Cohen博士とともに,1986年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。神経栄養因子は,それらが有する生理機能から,神経が変性・脱落もしくは損傷を受けるような中枢神経疾患に対する治療アプローチへの応用に期待が高まった。しかしながら,構造上の特性から脳への移行性が常に問題となり,それ自体の臨床応用については困難を極めた。そこで世界中の創薬研究者は,神経栄養因子様活性を有した低分子化合物の発見に精力をつぎ込み,現在もその流れは継続している。

代替医療としての天然物成分

 既にこのシリーズでも概説したようにパーキンソン病(Parkinson’s disease, PD)では,神経症状発現以前からドパミン神経の変性が進行している。そのような理由からPDの発症予防やその病勢の進行を遅らせることを考えると,できるだけ早期の段階から有効な手立て(神経変性の阻止)が必要である。しかし,合成医薬品でそのような効果を期待して臨床試験を進めることは非現実的である。そこで天然物成分に注目が集まっている。神経栄養因子様活性を有した化合物を天然物に求める研究が盛んに行われているのも,漢方生薬の成分については,その使用に関し長い歴史を持ち,安全性という観点からも臨床応用への可能性が期待できるからである。

MagnololとHonokiol

 福山らは,脳への移行性が低いという神経栄養因子の本質的な問題を解決するため,天然物から神経栄養因子様低分子化合物を探索することを目的に,ラット胎仔大脳皮質由来初代神経培養系で神経突起伸展作用を指標にスクリーニングを進めた。その結果,モクレン科 (Magnoliaceae) ホウノキ (Magnolia obovata Thunberg) の樹皮である厚朴よりビフェニル化合物の主要成分であるMagnololとHonokiolが見出された。両化合物は簡易な構造を持ち,化学的にも安定で,構造異性体の関係にある(図1)。神経突起伸展作用において,特にHonokiolは,活性標品として使用された塩基性繊維芽細胞増殖因子 (basic Fibroblast Growth Factor, bFGF) よりも強く,神経細胞生存維持作用も併せ持つことが報告された1)。また,その作用機序の解析において,細胞内の生存シグナル伝達系を介し,神経栄養因子様作用を発揮することも確かめられた2)。

magnololとhonokiol
図1 MagnololとHonokiolの構造

 MagnololとHonokiolは,現在までに中枢神経系において多様な薬理作用を持つことが報告されている。Honokiolを経口投与したマウスにおいて抗不安作用が認められ,その作用機序としてGABAA受容体との相互作用が関与し,またジアゼパム様の副作用は認められないことが報告されている 3,4 ,5 )。またMagnololとHonokiolの合剤に抗うつ様作用があることも報告されている6)。現在MagnololとHonokiolの詳細な体内動態に関する報告は少ないが,これらの知見はMagnololとHonokiolが中枢へ移行しその薬理作用を発揮していることを示唆している。また,老化促進マウスモデルにおいてMagnololが細胞生存シグナル活性化を介した神経栄養因子様作用によりコリン作動性神経保護効果を示し,学習記憶機能障害を改善することが報告されている7)。さらに,脳梗塞のモデルマウスにおいてHonokiolが抗酸化作用やミトコンドリア機能保護作用を介し,梗塞巣の減少を示すことも報告されている 8)。  天然物にはまだまだ未知の可能性が秘められており,代替医療アプローチの有望な材料として今後の新たな成分や効力の発見に期待したい。

引用文献

1. Fukuyama Y, Nakade K, Minoshima Y, Yokoyama R, Zhai H, Mitsumoto Y. Neurotrophic activity of honokiol on the cultures of fetal rat cortical neurons. Bioorg Med Chem Lett (2002) 12, 1163-1166
2. Zhai H, Nakade K, Oda M, Mitsumoto Y, Akagi M, Sakurai J, Fukuyama Y. Honokiol-induced neurite outgrowth promotion depends on activation of extracellular signal-regulated kinases (ERK1/2). Eur J Pharmacol (2005) 516, 112-117
3. Maruyama Y, Kuribara H, Morita M, Yuzurihara M, Weintraub ST. Identification of magnolol and honokiol as anxiolytic agents in extracts of saiboku-to, an oriental herbal medicine. J Nat Prod (1998) 61, 135-138
4. Kuribara H, Stavinoha WB, Maruyama Y. Honokiol, a putative anxiolytic agent extracted from magnolia bark, has no diazepam-like side-effects in mice. J Pharm Pharmacol (1999) 51, 97-103
5. Ai J, Wang X, Nielsen M. Honokiol and magnolol selectively interact with GABAA receptor subtypes in vitro. Pharmacology (2001) 63, 34-41
6. Xu Q, Yi LT, Pan Y, Wang X, Li YC, Li JM, Wang CP, Kong LD. Antidepressant-like effects of the mixture of honokiol and magnolol from the barks of Magnolia officinalis in stressed rodents. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry (2008) 32, 715-725
7. Matsui N, Takahashi K, Takeichi M, Kuroshita T, Noguchi K, Yamazaki K, Tagashira H, Tsutsui K, Okada H, Kido Y, Yasui Y, Fukuishi N, Fukuyama Y, Akagi M. Magnolol and honokiol prevent learning and memory impairment and cholinergic deficit in SAMP8 mice. Brain Res (2009) 1305, 108-117
8. Chen CM, Liu SH, Lin-Shiau SY. Honokiol, a neuroprotectant against mouse cerebral ischaemia, mediated by preserving Na+, K+ -ATPase activity and mitochondrial functions. Basic Clin Pharmacol Toxicol (2007) 101, 108-116