マグネシウムとは
マグネシウム は, ヒトの体の中で4番目に多い陽イオンであり, 健康な成人では約21~28 gのマグネシウムが全身に分布している。このうち, 約半量が骨組織に, 残りは筋肉その他の細胞に多く含まれ, 血液中には約1%程度存在している。生体内において300種以上の酵素の補酵素として働いており, リボソームの構造維持やタンパク合成, その他エネルギー代謝に関する生体機能に必須な元素である。このように科学的に重要性が確立していることから保健機能食品(栄養機能食品)の対象成分となっている。ホウレンソウなどの緑色野菜はマグネシウムの供給源で,これはクロロフィル(葉緑素)の中心にマグネシウムが含まれているからである。ナッツや種、ホールグレーン(全粒穀物)も,マグネシウムを豊富に含んでいる。マグネシウムは多くの食品に含まれているが,一日の必要量を1つの食品だけで摂ることは困難なため,ここでもバランスのとれた食生活を心がけることが必要である。
マグネシウム低下が精神機能に影響
生体内のマグネシウムは精神的ストレスにより量的に低下することから, 中枢神経機能においても重要な役割を担っていることが知られている。マグネシウムの低下がうつ病や月経前不快気分障害に関与していることや, 大うつ症状の代表的な症状である自殺企図が現れている患者の脳脊髄液においてマグネシウムが低下しているなど, マグネシウムと情動障害の関連について様々な報告がある。また, 双極性のうつ病患者にマグネシウム(アスパラギン酸マグネシウム塩酸塩として) を投与すると情動面において有効性が認められたという報告がある。マグネシウムは日常の食生活により体内に必要な量を十分に維持できるといわれている。しかし, 過剰なアルコール摂取や利尿薬の長期投与などによりマグネシウム不足が生じること, さらに, 精神的ストレスにより生体内のマグネシウムが量的に低下することが知られている。ストレス社会といわれる現代は, マグネシウムの低下を起こしやすい環境である。また, 基礎的研究においても, マグネシウムの低下がうつ様症状や不安症状などの精神障害の成因に関わっている可能性が考えられている。低マグネシウム含有食で飼育したマウスにおいて不安様, うつ様症状を発現することや, マグネシウムを投与が, 抗不安, 抗うつ作用を認めたことが行動薬理学的試験により示された。したがって, マグネシウムの低下が精神障害の成因に関わっている可能性が考えられる。
マグネシウム低下で神経細胞が脆弱に
かつて, 紀伊半島の一部, グアム島, 西ニューギニア南部では神経変性疾患である筋萎縮性側索硬化症が多発し, これに加えてパーキンソン認知症も高頻度に見られた。この原因として環境要因, 特にミネラル仮説が提唱されている。これら3つの地域では共通して低カルシウム, 低マグネシウム, 高アルミニウムの飲料水が指摘され, これらを摂取することが原因ではないかといわれてきた。二世代にわたる長期マグネシウム欠乏ラットを飼育して, 胎内環境からマグネシウム欠乏状態に暴露することにより, 生後1年で中脳黒質のドパミン神経細胞が変性脱落することが見出された。しかしながら, 筋萎縮性側索硬化症の特徴である脊髄運動ニューロンの脱落は見られず, また, カルシウム欠乏ラットでは明らかな変化は認められなかったことから, 長期マグネシウム欠乏は筋萎縮性側索硬化症の原因になる可能性は低いが, パーキンソン病やパーキンソン認知症の原因になり得ると報告された。この報告からも, パーキンソン病の発症にもマグネシウムの低下が関与している可能性が考えられる。最近,我々の研究室でも,情動障害を発現しているマグネシウム欠乏食飼育マウスにおいて線条体ドパミン神経が機能的に脆弱性を呈していることを確認した。ここではマグネシウムの量的低下が直接の原因では無く,マグネシウムの低下が引き起こす情動障害が線条体ドパミン神経の機能低下に関与することを示唆した(図1)。ストレス性精神疾患や神経変性疾患の発症予防のためにも最低限のマグネシウム摂取を心がける必要がありそうだ。