ストレスが引き金となる精神疾患
精神疾患にはうつ病や不安神経症、統合失調症などの病気があり、ストレスが関係していると推測されています。ストレスを引き起こす原因(ストレッサー) は、物理的、化学的、生物的、精神的なものに分類される。つまり、私たちが暮らす中で都合の悪いと感じるもの全てがストレッサーになり得るわけです。しかし、これらの中でも、いま最も社会的に問題視され解決困難なものが、精神的ストレッサーです。
精神的ストレッサーを受けた場合、体内の抵抗力は一時的に落ちますが、すぐに回復します。この時、体内では自律神経や内分泌系、免疫系が互いに協力してストレッサーに立ち向かい、生体内の環境を安定した状態に保っています。これをホメオスタシス(生体の恒常性)と言います。ところが、さらに持続的なストレスが続くと、次第に抵抗力を奪われ、疲憊期と呼ばれる末期状態に移行し、なおもストレッサーを受け続けると、神経症や心身症、うつ病といった精神疾患を引き起こしてしまいます。
抗うつ剤と精神疾患
このように、ストレスが原因で発症するうつ病には、治療薬として抗うつ剤が用いられます。この抗うつ剤に、「神経新生」という脳の神経細胞を再生する機能があることが近年分かり、研究者の間で注目を集めています。一般に「脳や脊髄を構成する神経細胞は、一度壊れると決して元に戻らない」と考えられてきました。これは、スペインの神経解剖学者カハール博士によって提唱された説で、1998年、スウェーデンのエリクソン博士とアメリカのゲージ博士によって神経細胞が再生することが確認されるまで、およそ百年間にわたって定説となっていました。
抗うつ剤に神経新生を促進する効果が確認されたのは、抗うつ剤に関する一つのナゾが明らかになったからです。ナゾとは、抗うつ剤は患者に投与して効果が発現するまでに約2~3週間かかるという点です。薬物治療の分野では、抗うつ剤が脳内のセロトニンやノルアドレナリン神経伝達を改善し、薬効が発現するまでに「なぜ、これだけの時間がかかるのか」が解明されていませんでした。それをアメリカの研究グループが、動物に抗うつ剤を投与する実験によって、脳内で「記憶・学習」に深くかかわっている海馬で、投与から二週間を経て細胞の新生が起こることを確認しました。この海馬歯状回に存在する神経幹細胞の抗うつ剤による増殖促進効果が、うつ病の症状改善に関係していることを明らかにしました。
非薬物療法が神経新生を促す
これを機に、海馬での神経新生がどのような刺激によって促進されるのかといった研究が活発化しており、効果的な予防法の確立に期待が高まっています。そして、現在では、過剰なストレスが神経新生を抑制することも分かってきています。精神疾患の発症に至るまでのメカニズムが徐々に解明される中で、そうした病気を防ぐのに効果的なのではないかと考えらえているのが、「運動」と「豊かな環境」です。これは、ストレスを緩和するために欠かせない方法と言えます。動物実験レベルでは、これらのストレス緩和策が海馬歯状回の神経幹細胞の増殖を促すことも報告されています(図1参照)。しかし、継続しなければ短期的な脳内の環境変化でしかありません。適度な運動を長期的に続けることが大切です。また、いつも同じ生活の繰り返しでは、ついつい気分がふさぎこんでしまうことがあるでしょう。積極的に新しい環境にチャレンジして刺激を受け、気分転換を図ることが大切です。この心がけは、豊かな環境を提供してくれるはずです。脳と心については、飛躍的に新しい事実が分かってきています。とは言えまだまだ多くのナゾが未解明のまま残されています。ただ、心のリフレッシュこそが、脳の活性化につながり、精神疾患を予防することは間違いありません。